毒親や機能不全家族に育つその後の不具合について。

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リプログラムカンパニ―高橋です。

今日は、根幹的な問題からお話しをしていこうと思います。

 

モラルハラスメント、パワハラ、そして、DVなどを受けている方のほとんどが、自己肯定感が低いことが起因します。

また、それらの加害者も、同じく自己肯定感が低いのです。

問題は、その加害者、被害者も、機能不全家族に育っていたり、毒親に育っていたり、愛着障害を抱えているという潜在的な問題があるのです。これは、100%と言っても過言ではありません。

 

毒親といっても、

愛されすぎても、愛されなさ過ぎても毒親。どちらも同じ毒親なんです。

 

このように、生育環境において、私たちの思考や人格は形成されていきます。

その後、そのような問題がある生育環境で、育った結果、自己肯定感が引く、『アダルトチルドレン』という自分のことを管理できず、感情や現状に振り回されてしまいがちな状態に陥ってしまうのです。

そもそも、選択の基準や、選択する優先順位が、他人が優先されてしまうので、まるで自分の価値観が持てないまま大人なてしまう。健全な選択やジャッジメントができないのですが、本人はそんなつもりはありません。

 

モラハラやパワハラを受けているかたは、実は、その『健全な判断の基準』が持てないのことがモラハラ、パワハラを受け続けてる原因になってしまいます。

生育環境において、なじられたり、暴言を吐かれたり、また、親が親として機能していないので(家庭が安全基地ではない)

モラハラや、パワハラを受けていても、過去の生育環境が基準に在り、過去の親とのコミュニケーションが基準にあると、

おかしな上司のコミュニケーションや、パワハラを『変だけど耐えられる』という感覚を持ってしまいます。

 

人間関係が

 

・耐えられるか、耐えられないか?

 

というおかしな基準で判断してしまうのです。

 

例えば、耐えられないという判断基準が

・死ねと言われたわけじゃない

・まだ親よりまし

・昔のひどい時より全然ましだ

・命を取られるわけじゃない

 

などと、極端な解釈にをしてしまいがちになるのです。これは、恋愛でも、夫婦関係でも同じです。

まだ、暴力を振るわれたわけじゃないからましだ!

と言われるクライアントさんもいますが、その基準が、

父親にDVを受けていた時に比べたら、モラハラで、口だけの夫はまだましだ!

という基準になってしまっていたのです。

 

肉体的苦痛や、精神的苦痛は、『精神的苦痛はまだましだ!』という解釈になり、

 

当時、父親は酒乱で、仕事もまともにしないで、暴れていたけど、

夫は、仕事もしてるし、お酒も飲まないちゃんと給料はもらってくるからましなんです。

 

とおっしゃいます。

そうなんです。比べている基準がとってもおかしいのです。

そのおかしな基準と比べて『まだまし』と解釈してしまう。

実は私のたちの脳は、過去の経験と比べて、耐えられるかそうでないか?という判断基準を持ってしまいます。

これはとても危険な傾向もあるのです。なぜなら、

現状の環境においてという判断ではなく、

終わってしまった過去を基準にしているので、『現在地』で物事を判断する基準が持てなくなってしまうのです。

冷静になると、

現在の不具合と、過去の不具合は全く別の問題であり、

統計として考えることはできても、比較して考える基準ではないと理解できますが、

まだ、思考が再構築されていないと、どうしても、過去と現在の比較で、一番ひどいときより、安全かそうでないか?という基準値にすり替わってしまうのです。

恐ろしい話ですが、過去と比較して、私たちは安全かそうでないか?から、現状を見ていると知っていただければと思います。

 

毒親や機能不全家族においては、判断基準が生育環境にあるので、健全な判断がなかなかできないといっても過言ではありません。

また、他者からの助言もどうしても、親からの洗脳によってできてしまった、『フィルター』を通して判断したりしますので、

ニュートラルな見解がどうしても難しいのです。

例えば、

『その問題を他者に相談したらどうだろう?』と助言しても、

『そんなことは相談しても無駄だ』と相談もしていないのに、最初から自分で勝手に判断をしてしまいます。

まだ、何も起こってないし起きてもない。最初っから最悪な事態を想定して、最悪な事態になったらどうしようという

『思考』になっていることにその渦中には気づきません。

・どうせ無駄だ

・無理にきまっている

・私はどうしようもない

などなど、その洗脳の中にあって、社会を見ているので、その状態では、健全でシンプルな結論や結果を見出すことはとても困難です。

 

私自身がその経験をもっていますのでよくわかります。

とはいえ、シンプルに考えてみたら?といったところで、それができていたら、毒親でも機能不全家族でもないというわけです。

その負の連鎖の洗脳を解いていくしかないのが実状です。

私自身も、その洗脳の渦中にあった当時はすべてがうまくいかず、どうしようもない状態まで、追い詰められました。

そこから、私自身がスタートを切れたのです。

・どうしてこのようなことになったのだろうか?

・何が原因だろうか?

・生きることがこんなにつらいとは、、

・誰も協力者がいない

・助けてほしいけど誰も助けてくれない

 

などなど。本当に恐ろしい思考にいたと思います。

ところが、意外と友人などに頼ってみると理解してくれたりするものですが、

最初から理解してもらえないとい思考になっているので、人に自分の状態をちゃんと説明できないのです。

そして、どうしても助けてほしいと助けてもらえる機関に訴えることもできないのです。

(どこか最初からあきらめているのです)

私自身もその思考に気づいたのは、自分の思考を変えていくことを始めてからです。

何事に対しても、最初からどうせ無理だろうというところからスタートする思考だったのです。

 

どうしようもなく行き詰ったとき、まず、選択の基準にすべきことは

・どこから助けてもらうか?

ということです。

おかしなところに助けてもらわないことです。

とにかく、

・行政を頼る(ちゃんと自分の状態を説明して、助けてもらわないと困ると訴える)

・友人を頼る(この場合、ちゃんと助けてほしいポイントをいう。お金なのか、住まいなのか)

・持病があるのであれば病院に行く(診断が必要な場合は、生活保護の対象ともなるのでちゃんと診断してもらう)

・生きるためにどうするか?を考える

 

どうしても、基準が最低値から判断してしまうので、

平均値を持つために、認知行動療法も必要になってきます。

まずは、健全な大人の価値観に触れることが重要です。

何しろ、健全か不健全かの基準がずれてしまってるので、全うな健康的な判断ができる人の価値観を知りましょう。

 

毒親や、機能不全家族に育った人の不具合は

・健全な価値判断ができにくいので、気づいたときにはとても複雑な問題となっている。

 

ということなんです。

なので、まず、

これは、健全なのか、不健全なのか?という価値判断ができるように、

そして、何を基準として判断していいのか?という自分を肯定してい生きていて、自分を大切にできている人をお手本にすることが大切なことなんですね。

自分を大切にしている。丁寧に生きてる人は最初は目に留まらないかもしれませんが、

いろいろな本を読んで、自分と向き合っていく。自分の感情や心を大切にすることという概念があることを知っていただければと思います。

 

大切にすることがわからないと思うのですが、

それは、少しずつ時間をかけて、練習していけばいいのです。

壊れそうな自分の心を、集めて胸の中に抱いて、しっかり抱きしめてあげてください。

そして、自分の中に安全基地を確保してあげましょう。

貴方があなたを守ってあげることが最初の安全基地の第一歩です。

壊れそうな心を取り戻すために、まずは、現状と自分の心と向き合い、自分の『過去から現在そして、未来を』考えてみませんか?