コウノドリ~子供が産めなくなる~

コウノドリ~子供が産めなくなる~

こんにちは。コウノドリ大好きなドラマです。

医療を仕事とする主人も、コウノドリはとってもリアルだし、医療者から見ても見ごたえがあるといっておりました。

 

私はこのようなドラマは大好きですし、息子もコウノドリが大好きです。

息子はまだ小学校一年生ですが、真剣に見ていますよ。

昨夜のドラマでは、吉田洋が演じる助産師の小松さんが、子宮の病気により子宮摘出するという内容でした。

わたしとしてはとても共感したのは同じ病気だったからです。

この「だったから」というのは、その病気によって、手術をしたのです。

結論から言うと、ドラマの小松さんと結果は同じでした。

実は20代からその病気を患っていました。だからこそ、自分は子供が産めるのか?という不安のありながらも、ありがたいことに結婚し、妊娠することができました。

しかしならが、やはり子宮の状態がもともとよくないので、リスキーな妊婦生活だったのは間違いありません。

もともと、そのような状態で、結婚して産後子宮の状態が良くなったのですが、再発してしまいまして。

輸血レベルの貧血の中毎日仕事しておりまして、毎日の生活の状態がよくないと悟りました。

しかしながら、治療法が、閉経までホルモン剤を飲み続けるというものでした。

西洋医学の限界を感じました。15年くらいホルモン剤を飲むってどんなリスクがあるか想像もできず。

その選択は私には違和感があり、手術に踏み切りました。

踏み切れた理由は、息子を一人授かっていたからです。

まだ、息子が3歳のときでした。

悩みましたが、一刻を争うなって感じました。貧血で毎日ぼーっとしてしまうし、

家事もできないくらい、体がつらい。脳と体が常に酸欠そんな感じでした。

ある時、車を運転していたのですが、ぼーっとしていて信号無視をしていました。

後で恐ろしくて、これでは、自分が死ぬか誰かを傷つけてしまうかもしれない。

それを長きにわたり、治療しながらとか悠長に考えていられないということで、選択にいたりました。

 

ただ、20代の時(独身)のときに、医師から言われたのは、

これ以上悪化すると、手術で子宮を摘出と言われたのを覚えています。

子どもを産んでいないからこそ、ホルモン治療をしたのを覚えています。(治療と言っても完治はしない)

いま、同じように、悩んでいる、治療をしている女性はいっぱいいると思いますし、

私のように、手術して摘出することが症状の緩和につながると言われた人もいるでしょう。

ですが、どういう形であれ子どもを産めなくなるという選択肢は女性にとって非常につらいものです。

 

選択はしたけれども、本当にこれでいいのだろうか?本当にこれは、最善の選択だったのだろうか?と

毎度毎度、病院に行くたび、毎日の出来事の中でも、手術寸前まで、迷うのです。

痛みや体のだるさ辛さから解放されたい、でもそのためには、私は女性としての機能を失ってしまう。

息子に弟か妹を見せてあげられる選択も失ってしまう。

でも、もし、弟か妹ができても、その子が無事生まれてくる保証もない。それくらい私の子宮はボロボロなわけで。。。

考えても出ない答えってあるんだなとその時に知りました。

 

毎日の辛さから解放されるためにもういいかな、20代から子宮の病気と向き合うのに、もう、つかれちゃった。。。

それが、本音でした。

 

手術当日は、もう、これで解放されるという想いと、

ああ、これで、もう、命に出会えるチャンスはなくなる。

そんな思いでした。

ドラマでは、小松さんオペ前にオペのベットで涙するシーンは、まったく同じでした。

 

自分の子宮に向かって

今までお疲れ様。よく頑張ったね。そして、かけがえのない息子を出会わせてくれてありがとう。

そんな風に心の中で伝えました。

ほんの数秒で、私は麻酔により、意識がなくなり、目覚めたときは、不思議なほど、安らいでいました。

麻酔のせいだと思いますが。結構な麻酔の量を使ったらしく、その後、気持ち悪さと頭痛に襲われて大変だったのを覚えています。

もちろん、いろいろな管につながれていましたし、酸素マスクはつけていたし。

 

余談ですが、この時、体と心が待ったく違うと改めて認識しました。

肉体が疲弊すればするほど、私たちの意識は敏感になり、意識と脳が別物だと気づかされたのです。

特に耳が非常に敏感になりました。自分の肺の音が聞こえてきました。とても驚きました。

 

あれから、もう、4年。私自身はいまだにこれでよかったのか?という答えは見つかっていませんし、

見つけようとも思いません。

私たちは、いいか?悪いか?後悔するか?しないか?それを決めるために生まれた訳でもないんだなって改めて感じました。

カテゴリーでは、縛れない『何か』が存在していると。そのファジーさが何だか心地よいのです。

 

 

昨夜のコウノドリで見たことは私の体験と同じことでもありましたが、

同じように今、苦しんでる方、何がいいとか悪いとか子供がいるからいいとかよくないとか、

そんなことではなくて、自分でどうしたいか?でも、どうしたいかとかわからない。

迷いながら選択し、選択したあとも、何とも言えないあいまいな感覚がずっとある。

 

それでいいんだと思います。よかったか悪かったか?だなんてずっとわかりません。

きっと、ずーーーっと後になってわかることもいっぱいあるんだと私も今体験しています。

 

女性として、傷ついてしまうこともあると思います。(私はさっぱりしているの気にしていませんが)

よく、二人目は?と聞かれます。でも、それは当たり前のことで、いちいち、

『私は子宮がないんです』とも言わないですね(^_-)-☆

ただ、二人目を欲しくても病気で持てない人もいる。

病気で産めない人もいる。産みたくても、、、いろいろな事情があると思います。自分が体験してそんな風に感じました。

例えば、未婚の女性で気が付いたら妊娠する時期を逃したかた、

また、妊活したけど授からなかった、、、

そのつらさはそれを体験した女性にしかわからないとも思うんですよね。

だからこそ、もう少し女性が生きやすい社会になってほしい。

子育てしやすい社会になってほしい。

そのためには男性の協力は必然で働き方の改革も必要だと私は痛感しています。

 

ドラマでは様々な家族の、女性の生き様が描かれています。

社会的構造からドラマを見ていくのもまた意味深いですね。

どうか、女性も男性も子供も生きやすい社会になっていくことを心から願わずにはいられません。

 

なぜか、おしゃぶりを持ってる生後4日目の息子。