贅沢に生きる。

贅沢に生きる。

こんにちは。町田は寒いですよ~☆

みなさんは、まったり日曜日をいかがお過ごしですか?

私はここ数か月、宇宙の采配もあり、自分の潜在意識が大きく変容してきました。

ここ10年は、誰かのために=自分のためという感覚を学んでいました。

これは、何が正解とかではなく、全ては『学び』だと思っているので、

誰かのため=自分のため

という学びが必要だったなって思っています。

ところが、ここ数か月、

自分のため=誰かのため

という図式に変わってきました。前者が自己犠牲とではなくて、誰かのためが一番うれしいという感動だったのです。

だので、決して自分を犠牲にしているということではなくて、人の喜ぶ顔が見たというのが本質でした。

いまだに誰かの喜ぶ顔はとてもうれしいです。

ところが、ここ数か月は、まず、自分を喜ばせたいという感覚が浮上してきました。

今まで自分なりに自分を喜ばせてきたのですが、去年あたりから、なんだか違うなという感覚がしていたのです。

もちろん、贅沢って、『ものを買う』からでもないし、生活が満たされてるからということでもないと思うんです。

贅沢って、

自分という人間を活かしているか?

ということに尽きるなって感じ始めたのです。

私の場合はもともと持っている能力を引き出すことを少しだけ遠慮していたように思うんです。

なんというか、もともと自分が喜んでいた才能や、感覚を重視するよりも、

神様に引っ張り出されてほれ、やれといわれたような感じで、セラピーをやってきたように感じます。

それはそれで、凄くうれしいことであり、素晴らしいミッションだと思ったんです。

でも、いま、セラピストさんが育って楽しそうにセッションをしているのを見て、

正直、『ホッ』としています。

喜んでセッションをしてくれる人がいっぱいいることが私は正直うれしいです。

これ、凄く意味深い感覚なんですよ。ある人は、『自分を超えられたくないって思わないの?』と聞かれましたが、私はいたってNOです。

誰かがやるならどんどんやってくださいというのが本音です。

セラピストとしても、私は本当に贅沢に生きてると思います。

私の才能でしかできないこともあるのも事実だし、その才能を生かしながらセッションをさせてもらえてる。

すばらしいことですが、

ここにきて、私だけの予約が殺到するのがやっぱり違うと思っています。

これからは、たくさんのセラピストさんが誕生する時代ですし、その一石をすでに投じました。

おおよそ、セラピストとしての私の役割は終わったかなって思ってるくらいです。

来年からは、ご予約は本当にご紹介のみで承ることにします。

申し訳ありませんが一元さんではなく、本当に大切な方にご紹介するという形だけでやっていきたい。もともと、私が10年前にセラピーをやり始めた本来の形に戻るだけなんですけどね。

それすらも、私は、一つ一つのセッションを丁寧にやっていきたいという思いからです。

また、本当に自分が生きていきたいスタイルにもこだわりたいなって思っています。子供が小さいうちは、また、仕事が謀殺さったときは、それすらもできなかったのですが、

丁寧に贅沢にすべてをやっていきたいなって。

ボイストレーニングを復活させたのも、それが、自分にとって贅沢なことだからです。

自分を丁寧に取り扱うってこの年ではないとできないとのかもだし、謀殺するようなscheduleや自分のことを後回しにするからこその、ご褒美なのかもしれないと私は感じています。

誰かに必要とされる仕事って素晴らしいと思いますし、その仕事をさせてもらっているのもありがたいし、うれしいですね。

でも、これから、私はもう少し自分を贅沢に生きようって思いってます。

周りから見たらすでに贅沢かもしれませんが、

私はもっともっと、自分を丁寧に、贅沢に生きたいなって思っています。

それが、自分にとっての豊かさです。

みなさんは、自分にとっての贅沢ってなんですか?

アホみたいにやりこんで生きるからこそ、見えてくる境地ってあるんだなーって最近感じています。

少しだけ、生産性や、建設的な生き方をやめてみるのもとても素敵な人生なのかもしれないと感じてます。

あえて、時代の逆を行く生き方☆(^^♪なんちゃって☆